江沢民の正体 「最初の罪人」を起訴

1999年7月20日、江沢民法輪功学習者に対する大規模な迫害を開始しました。これは、あらゆる国家組織や法律、政策などの国家権力を利用した、中国、そして海外にいる数千万人の「真・善・忍」を信仰する罪なき人々に対しての犯罪行為です。1998年に発表された「国際刑事裁判所に関するローマ規程」の第六条「集団殺害犯罪」と第七条「人道に対する犯罪」の項目に照らし合わせると、江沢民の法輪功学習者に対する迫害は、この二つの条文の要件を満たしているものです。

2000年8月25日、2人の法輪功学習者、朱柯明さんと王傑さんが、中国最高人民検察院および最高人民法院に訴状を提出しました。当時の中共国家主席の江沢民と中央書記処書記の曽慶紅、政法委員会書記の羅干による法輪功学習者に対する迫害は違憲だと主張しました。

【字幕版】

訴状が最高人民検察院に送られると、被告である江沢民と羅干は、原告の2人を逮捕するよう命じました。原告2人は訴状を提出した2週間後、北京で中共警察に秘密裏に逮捕されました。北京市民だった王傑さんは逮捕後、警察によって殴打され、内臓を激しく損傷し重傷を負いました。釈放後も傷は癒えず、2001年に亡くなりました。

香港市民の朱柯明さんは、懲役5年の判決を言い渡され、天津の茶澱刑務所に収監されました。電気警棒や電気ショックなどによる拷問を受け、5年後に香港に戻りました。朱さんは獄中で6回も訴状を書き、刑務所長に国家指導者に転送するよう懇願しましたが、すべて押収されました。

2002年10月22日、米シカゴに滞在していた江沢民は、法輪功学習者によって「集団虐殺罪」や「拷問罪」などでイリノイ州北部地区の連邦裁判所に告訴されました。裁判所に出向いた江沢民は、正面玄関で抗議する数千人の人々と鉢合わせになるのを避けるため、元国家主席としての面子も捨て、正面玄関ではなく裏のゴミ収集路を通ったのでした。

2002年12月13日、米裁判所から江沢民の事務所宛に一通の書類が届きました。裁判員書記官の署名が入った開廷期日通知とそれを説明する英語と中国語で書かれた関連書類で、国際便のFedEXを通して、北京の中南海にある江沢民の事務所に送られてきたということです。訴状は初め、外交部に届きましたが、郵便物の特殊性ゆえに、受取人不在として送り返すことも、勝手に受理することもできずに、そのまま江沢民の事務所に送られることになったといいます。事務所側は郵便物の重要性を理解せず、すぐにサインして受理してしまいました。この一件は今でも中共高官の中で、ジョークとして語り継がれています。

2002年11月、スペインの国家裁判所も「集団虐殺罪」および「拷問罪」で、江沢民、羅干、薄熙来、賈慶林、呉官正ら5人の中共高官を起訴しました。さらに4週間から6週間以内に回答するよう求めました。裁判所の通達によれば、有罪判決を受けた場合、被告らは最低20年の禁固刑と経済的処罰を受けることになるとしています。

2009年12月17日、アルゼンチン連邦裁判所のオクタビオ・アラオズデ・ラマドリッド判事は歴史的な判決を下しました。同判事は、江沢民と羅干について、法輪功迫害という人道に反する罪を犯したとして、アルゼンチン連邦警察のインターポール部門に2人を逮捕するよう命じました。当時、米国や香港、台湾などのメディアがこの出来事を大々的に報じました。

たしかに多くの法的訴訟は、中共の免責や利益供与などによって困難なものとなっています。中共や西側諸国の政界も表面上では平静を装っていますが、この数年来の一連の出来事は、江沢民の「血債派」と言われる法輪功学習者を殺害し、血の負債を負ったグループへ致命的な影響をもたらしています。

第一に、江沢民「血債派」はこれまで、法輪功への迫害に関与したくない役人をも政府組織全体にくくり付け、ひとまとめにしてきました。一方で、法輪功学習者は「悪事を働く者は責任を取るべきで、関係ない人に累を及ぼしてはいけない」というように、標的を絞って告訴し、関係のない正義感をもつ役人を政府の束縛から解いたのでした。法輪功学習者は、一度も弾圧の反対者である胡錦濤氏や温家宝氏、習近平氏を敵に回すことはせず、彼らの海外訪問の際には何度も横断幕を掲げ善意を表明し、元凶の人物の処罰を期待してきました。そのために、2004年に中共上層部で法輪功への迫害問題が議論され、内部抗争に発展したのです。

第二に、江沢民「血債派」は財産を海外に移し、親戚を海外移住させることができるのですが、その財産が将来的に押収されることはないと誰が保証できるでしょうか。

第三に、ここ数年世界各地で多くの高齢の元ナチスが逮捕されています。これは、江沢民「血債派」に大きな不安を与えることでしょう。政権から退き、歳をとったら自分はどうなるのでしょう。ユダヤ人虐殺に関与したナチスが南米に逃げるという方法はもう通用しないかもしれないと不安に苛まれています。

第四に、中共上層部は法輪功への問題で長年意見が対立しています。胡錦濤・温家宝両氏とその後継者たちは、数億人の中国人を苦しめた罪を肩代わりすることはおろか、江沢民の「血債派」が始めた弾圧により、国際社会から非難されることなど望んでいません。この起訴は、体制内の理性的な人々に「血債派」を抑圧するよう、直接的かつ間接的に促しているのです。呉儀氏と温家宝氏は、薄熙来が起訴された後、国へのイメージがよくないとして、重慶に左遷しました。これが最終的に薄熙来の今日の失脚に繋がったのです。

法輪功人権弁護士団が提供した情報によると、2001年から2012年4月までの間で、中共元総書記・江沢民は、約18の国や地域で「集団虐殺罪、人道に対する犯罪、拷問罪」などにより刑事告訴または民事訴訟を起こされました。

これらの地域には、米国、カナダ、ボリビア、チリ、アルゼンチン、ペルー。

台湾、香港、日本、韓国。

豪州、ニュージーランド

ベルギー、スペイン、ドイツ、ギリシャ、オランダ、スウェーデンなどが挙げられます。

また他にも、中共の現職または元幹部計38人が刑事告訴または民事訴追されているということです。

元政法委員書記の羅干
元政法委員書記の周永康
元商務部部長の薄熙来
元公安部副部長、元中央610弁公室主任の劉京
元国務院副総理の李嵐清
元湖北省公安庁長の趙志飛
元北京市長の劉淇
元遼寧省委副書記の夏徳仁
元山東委副書記の呉官正
などが含まれています。

2004年7月19日、タンザニアを訪問中だった陳至立は起訴されました。中国の教育界において、江沢民一派の法輪功への誹謗中傷などを小学校の教科書に載せるよう教育部に指示したなど法輪功迫害に関与した罪に問われました。陳至立はすぐに出廷し、法輪功迫害に関与し海外で起訴された中共高官として、初めて出廷した例となりました。

2004年10月末、呉邦国氏のザンビア訪問に同行した甘粛省党委員会書記の蘇栄が法輪功学習者から告訴されました。出廷して潔白を証明すると話していたものの、11月8日の開廷を前に失踪しました。その後、「法廷侮辱罪」で起訴され、11月13日にザンビア警察が逮捕状を請求しました。10日以上の海外逃亡を続けた末、蘇栄は甘粛省に戻りました。「二度と海外に行かない」と発言したことで、この事件は世界で注目を浴びました。

法輪功学習者が「集団虐殺罪、人道に対する犯罪、拷問罪」などで中共高官に対し刑事告訴または民事訴訟を起こした地域は他にも多くあります。

欧州では17の国で、南北アメリカでは6つの国で起訴されています。

アジアでは、台湾、香港、日本や韓国などの国で起訴されました。

他にも、豪州やニュージーランド、タンザニアなどが含まれます。

法輪功学習者は他にも「身体的攻撃、器物破損、嫌がらせ、誹謗中傷」などを理由に、各国の中国大使館・領事館職員に対して刑事告訴や民事訴訟を起こしています。

それらの国には、米国、インドネシア、カナダ、ドイツ、韓国、ロシア、マレーシア、日本、フィリピンなどがあります。

法輪功学習者はまた、国際刑事裁判所、国連拷問委員会、国連人権委員会、欧州人権裁判所、国際刑事裁判所に対し、江沢民、曽慶紅、「610弁公室」の不法な弾圧と迫害の犯罪行為を提訴しました。

これらの法的手続きを通じて、法輪功学習者はいくつかの世界的な先例を打ち立てました。

1つ目は、世界最大の共産主義国家のトップとその犯罪幹部に対し、第二次世界大戦以来、最大の国際人権訴訟を起こしたこと。第二次世界大戦当時との唯一の違いは、中共がまだ崩壊していないうちに訴訟が始まったということです。さらに、30カ国以上、かつ5大陸の少なくとも60人の弁護士が、刑事訴訟と民事訴訟で法輪功学習者を支援しているといいます。

2つ目は、世界で初めて中共総書記が起訴されたということです。

3つ目は、江沢民は初めて、国家主席として任期中に起訴されたということです。

ここまで、私たちはひとつの歴史について語ってきました。今起きているにもかかわらず、この話は、同じ時代を生きる多くの人々に知られていない歴史の話です。この歴史は、まるで、まだ終わりが見えないけれども、結末が期待できる大河ドラマのようなものです。

江沢民と中共は私たち人類を映し出す鏡と言えます。この地球上のさまざまな状態や姿、無力な者、恐怖におののく者、貪欲な者、偽善的な者、欲望を放縦する者、良心が欠如した者、公然と力を振るう者、悪を幇助する者などの姿を映し出しています。それぞれの個人、国家、そして政府、指導者は、この立体的な歴史の鏡に、自分自身の輝かしい、あるいは不名誉な姿を鮮明に残すことになります。

これはただの歴史ではなく、未来への道でもあります。この道をどのように進むかは、前例のない実践であり、また江沢民が人類を破壊する過程でもあります。失敗と成功の異なる可能性が存在し、それは歴史の按配であるとともに、人々自身の選択によるものでもあります。

 
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