インド太平洋戦略シンクタンクの執行長を務める矢板明夫氏が、台湾・台中市での講演の終了後に、33歳の中国籍の廖容疑者に襲撃されました。この暴力事件は台湾の政界や社会に大きな衝撃を与えています。台湾の「大陸委員会」は強く非難し、中国共産党が関連する国家安全法令を施行した後、台湾で発生した初の越境弾圧事件だと指摘しました。
台湾を拠点に活動する元産経台北支局長でジャーナリストの矢板明夫氏は今月6日、台中市で中国籍の男から暴行を受けました。警察は同日午後、韓国釜山行きの航空便に搭乗しようとしていた廖容疑者を、台中国際空港で取り押さえました。
警察は容疑者の携帯電話を押収し、通信記録などを分析した結果、台湾外の勢力から指示を受けていた可能性があると判断しました。午後、反浸透法違反や傷害などの疑いで送検し、台中地方検察署が取り調べを進めています。中共の「民族団結進歩促進法」が今月1日に施行されて以降、初の越境弾圧事件となっています。
地政学研究者 台湾開南大学副学長 陳文甲氏
「今回の事件は、発生時期と対象のいずれも非常に敏感です。『民族団結進歩促進法』が7月1日に施行された後、中共は民族団結、国家統一、外部干渉への対応を、さらに法治の枠組みに組み込みました。そのため、同法がロングアーム管轄や越境弾圧のリスクを高めるのではないかという懸念には、根拠がないわけではありません」
矢板氏はSNSで、事件の背景や手口を見ると、数年前に香港の民主派活動家が台湾で暴力的な襲撃を受けた事件と多くの共通点があると指摘しました。最近施行された「民族団結進歩促進法」と関連があるかどうかについても、関係当局が詳しく調査し、解明する必要があるとしています。
陳文甲氏
「容疑者の背後に指揮系統や資金の流れ、現地の協力者がいたのかどうかが重要です。最終的に中共による境外勢力の介入が確認されれば、その目的は一人のジャーナリストを攻撃することだけではないでしょう。むしろ萎縮効果を生み出し、台湾にいても標的にされる可能性があるという威圧的なメッセージを発することで、中共を批判する公共言論の空間をさらに狭めようとするものです」
台湾「国防安全研究院」の研究員 沈明室氏
「これは警告の意味合いが強いものです。香港の歌手、デニス・ホーさんが台湾を訪れた際、赤いペンキをかけられた事件と同じで、ただの警告です。本人が今後も態度を変えなければ、より強い手段に出るかどうかは分かりません。これは当事者への警告であると同時に、中国の組織に対して『すでに処罰した』と報告する意味もあります。また、萎縮効果や威嚇効果を作り出し、より多くの人に批判を控えさせる狙いもあります。しかし一方で、多くの台湾人は、中共によるロングアーム管轄や海外での追跡・摘発、越境的な攻撃に対して、さらに怒りを強めることになるでしょう」
矢板氏はすでに台湾籍を取得しており、以前産経新聞の台北支局長を務めていました。現在は台湾で活動しており、中国政治、中台関係、東アジアの国際情勢に関する分析で知られています。
台湾勵志協会CEO 頼栄偉氏
「台湾と中国はもともと互いに隷属していません。台湾は一つの国家であり、自らの仕組みによって運営されています。台湾の領土内で米国、日本、中国を批判しようが、それは本来、言論の自由です。しかし、庶民同士であれ、政府が庶民に対してであれ、暴力を用いることは許されません」
矢板氏への暴行事件では、加害者と被害者の間に利益をめぐる争いや個人的な対立は確認されていません。また、加害者は犯行後すぐに飛行機で台湾を離れようとしていました。
頼栄偉氏
「中共による越境弾圧の影がある以上、世界は改めて中共の具体的な脅威の一面を見ることになります。中共のロングアーム管轄はますます度を越しています。それは独裁者の思考です。独裁者の思考にあるのは、自らの政権の安定だけであり、人々の利益ではありません。彼らが求めているのは統治下の安定であり、賄賂であれ暴力であれ、どのような手段にも歯止めがありません」
識者からは、現時点で必要なのは不安をあおることではなく、越境弾圧に対抗する仕組みを整えることだとの指摘が出ています。また、中共の「民族団結進歩促進法」についても、同法が暴力や威圧を伴う権威主義的な圧力の口実となり得ることを、政府は社会に分かりやすく伝える必要があるとの見方があります。
陳文甲氏
「外国政権から長期にわたり名指しされてきたジャーナリスト、学者、人権活動家、政治的異論を唱える人々に対しては、リスク評価と必要な安全警戒制度を整えるべきです。台湾は米国、日本、欧州などの民主国家と、越境弾圧事件に関する情報や犯罪パターンを共有しなければなりません。核心となる原則は非常に単純です。疑いがあるだけで先に有罪と決めつけてはなりませんが、国家安全保障に関わる浸透工作が疑われる暴力事件を、単なる治安事件として扱うべきではありません」
陳文甲氏
「中共のロングアーム管轄に対しては、政治面、法律面で刑事当局による監視と防止を強化するだけでなく、こうした犯罪行為を対象とする特別法を制定するかどうかも、一つの実行可能な方向だと思います。あるいは、国家安全法、反浸透法、刑法などの関連法の中に、このような行為を専門に扱う条文を設けることも考えられます」
弁護士の黄帝穎氏は、「刑事訴訟法」の規定では「逃亡のおそれ」が勾留の要件に当たると説明しました。検察官はすでに、事件に関与した中国籍の暴行容疑者について勾留を請求しています。



