「4・25 」平和陳情を振り返る 道徳の象徴となった歴史的行動とは?

26年前の4月25日、中国各地から集まった1万人以上の法輪功学習者らが、自発的に北京の国家信訪局を訪れ、陳情を行いました。法輪功学習者が示した平和的かつ理性的な姿勢は、国内外の大きな注目を集め、中国近代史上最大規模で、最も平和的かつ理性的な市民による請願行動として高く評価されています。今回は、その「4・25」事件を振り返ります。

1992年5月、法輪功は李洪志氏によって中国の長春で広まり、その後、短期間で全国各地に広がりました。その顕著な健康増進効果や、簡単で学びやすく、無償で指導が行われるといった特徴から、多くの気功愛好者や一般市民の支持を集めました。

動画内の音声
「法輪功の修煉は、病気の予防や健康増進だけでなく、心身のバランスを整え、社会に貢献する人間になる助けにもなります。国民の健康増進運動や社会の精神的な向上にも、良い影響を与えることでしょう」

1996年、李洪志氏の著書『轉法輪』は、『北京青年報』によって十大ベストセラーの一つに選ばれました。中国共産党(中共)国家体育委員会の公式統計によると、当時、法輪功を修煉していた人は全国で7千万人にのぼり、中共の党員数を上回っていたとされています。

1997年、当時の国務院秘書長であった羅幹は、公安当局に法輪功の秘密調査を指示しました。しかし、その結果、問題となるような証拠は何も見つかりませんでした。

1999年4月、羅幹の親族である何祚庥が、天津教育学院が発行する雑誌『青少年科技博覧』において、法輪功を中傷する内容の記事を掲載しました。

法輪功の学習者たちは、雑誌の編集部を訪れ、状況を説明した上で、掲載内容の誤りを訂正するよう求めました。

「4・23天津事件」の当事者 張桂英さん
「私は医療の立場から見ても、(何祚庥の言っていることは)正しくないと感じました。私自身の身体の変化や、多くの患者の回復を見てきました。当時、がんや乳がんなどを患っていた方々が、(法輪功の修煉を通じて)健康を取り戻したのです。医学的には考えられないようなことでした。だからこそ、自分の体験と訴えを伝えたいと思ったのです」

4月22日と23日、天津の警察は教育学院に突入し、法輪功の学習者らを暴行しました。その内45人を拘束したほか、家宅捜索も行いました。しかし、中共の公式メディアはこうした事実を報じず、真相を隠蔽しました。

天津の市立小学校で教鞭をとっていた法輪功学習者 王会娟氏
「市政府の職員から『この問題は天津市政府では解決できない。北京に行ってほしい』と言われました」

天津政府の指示を受け、法輪功学習者たちはやむなく北京の国家信訪局へ赴き、状況を訴えることになりました。

4月25日の夜、法輪功の代表者たちは当時の朱鎔基首相と面会し、法輪功に関する状況を説明した上で、次の3つの要望を伝えました。
第一に、天津で不当に拘束された法輪功学習者の釈放。
第二に、合法的な修煉環境の保障。
第三に、法輪功関連書籍の合法的な出版の許可です。

「4・25」請願の当事者 孫剣冰氏
「解散する際、私たちは一人一人がその場のゴミや落ちているものをきちんと片付けました。学習者たちは皆、自らを律して行動し、北京の人々に良い印象を残そうとしていたのです」

「4・25」事件の当事者 劉氏
「夜になって結果が出ると、皆すぐに静かに解散して帰宅しました。その後、多くの人が目にしたのは、警察が吸って捨てたタバコの吸い殻まで、法輪功の学習者たちがすべて拾い集めていたという光景でした。まるで誰もその場にいなかったかのように、跡形もなく、むしろ通りは以前よりきれいになっていたのです」

しかし、中共はこの出来事を口実に、法輪功に対する全面的な弾圧を開始しました。その結果、数えきれないほどの家庭が引き裂かれ、多くの命が失われました。

法輪功学習者 Maria氏
「江沢民はかつて『真・善・忍』の原則は共産党の理念に合わないため、違法であると発言しました。私は自分の耳を疑いました。なぜなら、これらは世界中の歴史の中で尊ばれてきた価値観であり、それが今、違法だとされるなんて信じがたいことだからです。世界最大の国家、最大の政権が道徳的価値を禁じるということは、いったい何を意味しているのでしょうか」

中共によるいかに厳しい弾圧があろうとも、法輪功の学習者らは常に『真・善・忍』の理念を守り続け、現在では世界100以上の国と地域で、平和的な方法による迫害反対を貫いています。

 
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