天安門事件から37年 未公開写真2千枚が映す弾圧の記憶

中国・北京で発生した六四天安門事件から37年を迎えるのを前に、大紀元は、これまで公開されていなかった歴史的写真2千枚以上を独自に公開しました。武力弾圧の実態に、改めて国際社会の関心が集まっています。当時を知る複数の関係者は、中国共産党は情報を封鎖できても、歴史の記憶を消すことはできないと語りました。

大紀元は先月27日、37年にわたり保管されてきた貴重な写真を公開しました。写真は2千枚を超え、1989年春から夏にかけての北京の街頭の様子を記録しています。天安門広場で平和的に陳情する人々、戒厳部隊が市内に入った際の緊迫した場面、弾圧後の街頭における惨状などが収められています。

これらの写真は、当時、当局側のカメラマンだった人物が撮影したものです。この人物は人生の最期に、長年にわたり中共によって封じ込められてきた歴史を後世に伝えたいとして、写真を大紀元に託したといいます。

中国民主党の創設者の一人、朱虞夫氏は、天安門事件を目撃した人はあまりにも多く、関連する証拠を中共が完全に消し去ることはできないと述べました。

中国民主党創設者の一人 朱虞夫氏
「当時関わった人の中には、今も当局側の立場にある人がいます。そのため、真実を明らかにすることを恐れています。しかし、人が死のうとする時に言う言葉は、純粋で真実がこもっています。心に抱えてきた重荷を、少しでも下ろしたいのでしょう。悪事は必ず人の知るところとなります。中共は白昼のもとで、多くの若者を虐殺しました。この怒りを、誰が飲み込めるでしょうか」

朱氏自身も当時、学生デモの様子を撮影していました。朱氏によると、学生への弾圧が始まる前から、各地では大規模な調査と摘発に向けた準備が進められていたといいます。

朱虞夫氏
「当時、私は労組の責任者を務めていました。まだ弾圧が始まる前でしたが、公安部門から指示が下りてきました。私たち労組幹部は、学生の中に紛れ込んで活動の様子を撮影し、その資料を提出するよう求められました。後で責任を追及するためでした」

その後、当局は朱氏の自宅を何度も捜索し、朱氏を拘束しました。関連資料を破棄しようとしたといいます。

朱虞夫氏
「彼らは、そうすれば民間に証拠は残らないと思っていました。しかし、これらの悪魔がどれほど力で押さえ込んでも、真実を隠し通すことはできません」

天安門事件から37年が過ぎた現在も、中共は公式な死者数を明らかにしていません。一方、英国で過去に機密解除された外交文書では、中共軍が少なくとも1万人を殺害したと記されています。

天安門事件を経験した中国の歴史学者、遇羅文氏は、実際の死者数は外部に知られている数字を大きく上回ると指摘しています。

中国の歴史学者 遇羅文氏
「殺害された学生は、1万人より多かったに違いありません。多くの学生は地方から来ていました。北京市民や北京の学生が亡くなれば、ある程度は把握できます。しかし、地方から来た学生については誰が分かるのでしょうか。家族でさえ、自分の子どもが亡くなったことを知らない場合があります。もし子どもがいなくなったと気づいても、政府は『失踪した』と伝えるだけです。ですから正確な人数を把握することは困難です」

遇氏は当時、北京に住んでいました。弾圧前には何度も現場を訪れ、抗議する学生たちを応援していたといいます。

遇羅文氏
「当時の北京では、中央テレビ局の職員、多くの出版社、報道機関の関係者を含め、ほぼすべての人が街頭に出て学生を支援していました」

遇氏は、弾圧当日の夜、自宅にいながら激しい銃声をはっきりと聞き、大きな衝撃を受けたと振り返ります。

遇羅文氏
「翌朝には、天安門広場はすでに制圧されていました。学生たちは追い払われ、殺害された学生や犠牲者が広場に残されていました。その一帯は封鎖され、誰も見られないようにされました。その後、ヘリコプターで遺体が運び出されました。ヘリは絶えず往復していました。非常に多くの人が亡くなりました」

遇氏によると、当時、軍は装甲車で学生らを押しつぶし、撤退する人々に機関銃を発砲しました。街道の両側で見ていた住民も銃撃され、一部の犠牲者の遺体は焼却された後、下水道に流されたと証言しました。

遇羅文氏
「天安門事件は共産党にとって、消すことのできない最大の恥です。この事件をきっかけに、多くの共産党員が共産党と決別しました。脱党する人も当時すでに出ていました。共産党員でさえ、この事件を容認できず、共産党の行為が悪質だったと思いました」

中共は天安門事件に関する情報を厳しく封殺しています。そのため、この事件を知らない若年層も少なくありません。一方、海外では毎年6月4日前後、追悼活動が続けられています。

朱氏は、犠牲者の遺族は忘れていないと強調しました。あの年の武力弾圧を経験した人々も忘れていません。さらに、今では天安門事件の経験者の第二世代も大人になっています。

朱氏は、この歴史の記憶は今後も受け継がれていくと語りました。

 
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