小さなゴムボートに小型エンジン、2日分にも満たない食料と飲み水。今年5月、中国の民主活動家・董広平さんは、山東省威海から単独で海に出ました。当初は日本を目指していましたが、携帯電話の電池が切れ、濃霧で方向を見失い、海上を40時間近く漂流した末、韓国にたどり着きました。その後、カナダへ渡りました。中国からの脱出は、これで4度目でした。董広平さんは、本当に怖かったのは死ではなく、再び中国へ送還されることだったと語りました。
68歳の董広平さんは6月末、カナダに到着しました。10年以上に及ぶ、4度の脱出の末でした。
中国民主活動家 董広平さん
「私はどうしても出なければなりませんでした。何があっても出るつもりでした。たとえ途中で死んでも、海で溺れて死んでも、行くしかありませんでした」
董さんは40時間以上、海上を漂流しました。携帯電話の電池は切れ、方向も分かりませんでした。エンジンはいつ故障してもおかしくなく、ゴムボートも空気が抜ける恐れがありました。それでも、最も恐れていたのは死ではなかったといいます。
董広平さん
「中国へ送り返されることが一番恐ろしかったです。死ぬこと自体は、それほど怖くありません。ただ、堂々と、普通の人間として生きられるのであれば、それこそ生きる価値があります」
董広平さんはかつて、中国で警察の監察官を務めていました。1980年代から多くの本を読み、さまざまな考えに触れる中で、中国の歴史を見つめ直すようになりました。そして、中国共産党による専制体制の実態を次第に見抜くようになったといいます。
董広平さん
「内心、強い葛藤を覚えました。自分の中に民主主義の理念があるのに、その一方で専制統治の道具として働き続けることはできませんでした」
1999年、董広平さんは天安門事件を追悼する署名活動に参加したことで、公職を解かれました。その後、「国家政権転覆扇動罪」で逮捕され、3年間服役しました。
董広平さん
「その頃から、出ていくしかないと決意しました。西側の国へ、自由な国へ行こうと。警察の仕事も辞めました」
「中共の統治で最も恐ろしいのは『愚民化教育』と『情報封鎖』です。正しい情報源を得られないと、自分の苦しい生活さえ、素晴らしいものだと思い込まされてしまいます。それが最も恐ろしいことです」
「中共は、人々に自分の考えを持たせません。共産党を疑ってはならず、意見を言ってもならず、反対してもならないのです。こうした思想統制は非常に恐ろしいものです。だからこそ、中国本土の人々には、このことをはっきり認識してほしいです」
しかし、自由を求める道は、董広平さんが想像していた以上に険しいものでした。
2015年、董広平さんはタイへ逃れました。国連から難民認定を受け、カナダが受け入れを準備していた矢先、董さんは移民収容施設から突然姿を消し、中国へ送還されました。
2019年に出獄した後、董さんは再び逃亡を試みました。冬の海を泳いで台湾の金門島を目指し、9時間以上にわたって海上を漂流したこともあります。その後、ベトナムへ逃れましたが、再び中国へ送還されました。
そして今年、董広平さんは4度目となる海路での脱出に踏み切りました。
民主中国陣線世界副主席 盛雪氏
「十数年にわたる救援の中で、私はずっと(彼の行方)を追い続けてきました」
何度も望みが絶たれましたが、彼らは諦めませんでした。
盛雪氏
「今の中国で、あのような環境の中にいて、非常に強い抑圧感や絶望を感じている人がどれほどいるでしょうか。董広平さんの揺るがない信念と強い意志は、人に希望を与えるものです」
「自由な国へ渡ること」は、董広平さんにとって20年以上変わらない目標でした。
董広平さん
「思想の自由がありません。言論の自由もありません。人権もありません。すべてが共産党の支配下に置かれています。それは非常に恐ろしいことです」「中国人には、もっと外の世界を見てほしいです。異なる情報に触れてほしいです。そして自分の権利を勝ち取ってほしいです」
董広平さんの目に映る西側社会と、中共体制下の中国との違いは大きいものでした。
董広平さん
「飛行機を降りると、カナダの移民当局者が『カナダへようこそ』と言ってくれました。それを聞いた瞬間、完全に安心しました。本当に感激しました。ここは天国のように感じます」
「中共の統治は、あらゆる手段を使い尽くしています。統制する力も、それに使う資源も、すでに限界に達しています。これ以上先へ進むことはできません」
さらに董広平さんは、米欧の対中政策についても警鐘を鳴らします。
董広平さん
「西側諸国が今、中共と協力し、利益交換を続けることは、結果的に自分たちに対抗する相手を育てていることになります」
「西側諸国は独自の貿易ルールを確立し、中共に対して厳格な基準を求めるべきです。公平で公正であり、私有財産を保障する西側のルールに従わせる必要があります」
董広平さんの逃亡の歩みを振り返ると、タイ、ベトナム、そして韓国へと続いてきました。今回は、カナダの民主活動家である盛雪氏や弁護士らの支援を受け、カナダ政府と国連難民機関が連携し、救援が進められました。今年6月、董広平さんはついにカナダへ到着しました。
董広平さん
「後悔したことは一度もありません。ただ、家族が巻き込まれたことについては、とても申し訳なく、恥じる気持ちがあります」
盛雪氏
「彼は自らの人生で、一つの奇跡を成し遂げました。私はその奇跡が起きる過程を、最初から最後まで見届けることができて、本当に幸運でした」




