「原因は豪雨でなくダム放水」鄭州市トンネル冠水の実態とは

今年の洪水シーズンは、中国の中部に大きな打撃を与えました。中でも、7月20日に河南省鄭州市を襲った水害では、洪水がトンネル内に流れ込みました。およそ3キロにも及ぶトンネル内で、多数の自動車水没しました。

ドライバーと乗客は、危険に気づいてから脱出するまでにわずか数分(10分弱)しか残されていませんでした。

激流に飲み込まれ、トンネルは一瞬にして墓場と変わりました。

中共当局は、トンネルで数十人が死亡したと発表し、豪雨が原因だとしています。しかし、地元住民によると、実際の被害者の数は当局が発表した数字よりもはるかに大きく、数千人が死亡したと報告されています。この矛盾から政府の公式統計に対する信憑性が疑われています。

今回の特別報道では、鄭州市のトンネル洪水の際、実際に何が起こったのかを探ります。そして、今回の悲劇は、自然発生の面よりも人為的ミスやその他の要因が大きな引き金となったことを示す証拠を検証していきます。

それでは、7月20日の午後京広路トンネルで起こったことを見てみましょう。

この日は、大洪水により、全長2キロ弱の京広北路トンネルが冠水しました。

鄭州市の中心部を通過する京広北路トンネルは、同地域の主要幹線道路の一つです。

生存者の話によると、午後の遅い時間帯に渋滞に巻き込まれていた際、突然濁流が押し寄せ、一瞬にしてトンネル内が冠水しました。

その上、渋滞により動けず、逃げ場が塞がれました。

被災者らが危険を察知してから、わずか5分で完全に冠水したとされています。

トンネルの6車線すべてが自動車で埋め尽くされていたといいます。

2千台以上の自動車と数千人の人々が、トンネル内で水没した可能性があります。

中共の官製メディア「The Paper(澎湃新聞)」の当初の報道では、「千台近くの車両が水没した」と説明されていました。しかし、後に数字を 「100台近く」に変えて報道するようになりました。

生存者の一人は、事故当時トンネルの入り口から約200メートルのところで渋滞に巻き込まれていたと語っています。

午後4時頃にはすでにトンネル内に水が流れ込んできていたものの、その時はまだ水位は上がっていなかったといいます。

しかし、わずか1時間後には状況が一変しました。

午後5時頃、水位が急激に上昇し、自動車が水に浮き始めました。彼は瞬時の判断で自動車を捨ててその場から去ることを決めました。

それから、3分も経たないうちに、彼の自動車は完全に水没したといいます。

また、ある生存者は自分の自動車がわずか5分で激流の飲み込まれたとメディアに語っています。

現在も、多くの人が洪水に関する真実の情報を求めています。

市街地から2キロ離れたところにある常庄ダムが豪雨による水圧で決壊する可能性があり、事故当日水位を下げるために緊急放流を行ったことを示す資料があります。

そのため、低地に位置するトンネルが浸水したと言われています。

しかし、常庄ダムだけが原因ではありません。

公的報告書によると、同日鄭州市周辺の少なくとも5つのダムが放水を行っていたとされています。

そのうちの2つは市境にあり、常庄ダムの7倍の水を放水しました。

ダムが放水を行う前、事前警告はありませんでした。もちろん、トンネルの閉鎖も指示されていませんでした。

また、洪水が豪雨だけではなくダム放水が主要な原因であることを示す映像もあります。トンネルの排水が終わった後には、水生植物の残骸が残っていました。

これらの水生植物は、ダムを含む河川などの水域に生息しています。

 
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